愛と光のギフト

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2年前、祖母が亡くなりました。
生まれた時から同じ家に住んで、かわいがってもらいました。
とてもとても身近な人が亡くなったのは初めてだったのですが、
その時に思いました。
今の今まで目の前で意思疎通をしていたその人が、肉体が
動かなくなってしまったからといって、いなくなるわけが
ないと。
その時から、この世にはいなくなってしまったかもしれないけれど
魂として存在しているんだということをはっきり感じました。

それでも、やっぱりもう二度と、自分が天国に行くまで会えないと
思うと、涙が止まらずにずっと泣いていました。
お通夜の時も、ビービー泣いていたら、神社で神様に怒られるように、
「もう泣くな!」とおばあちゃんから怒りのエネルギーを感じ
ました。わぁ、、、。自分の感覚を疑いつつも、びっくりして、
よくわからないけれど、お葬式が終わるまでずっとずっとおばあちゃんに
エネルギーを送り続けていました。

おばあちゃんが倒れて入院してから、もしおばあちゃんの最後の日が
来る時は、生まれてきて良かった、そう思ってもらいたいと思う
ようになりました。そのため、自分のできることは、全部やったと
思うし、させてもらえたと思っています。おばあちゃんがこの世で
最後の日の前日、幸運にもおばあちゃんとずっと一緒に過ごすことが
できました。ありったけのエネルギーを送りながら、ただただ
おばあちゃんと同じ空間にいられること、その一秒一秒がとても
大切で尊い時間のように感じました。おばあちゃんは、のどに管を
通していたため、既にほとんど話すことができない状態でいました。
だけど、奇跡のように私の名前を口にしてくれて、
「幸せな人生じゃったよ。」と、伝わってきました。

お葬式が終わって家の台所にいて皿の片づけをしていた時、
なんだか仏壇の方が気になって行ってみました。
座っていると、「お母さんを大事にしなさい。
そうすればおじいちゃんもお父さんも大丈夫だから。」と
言われている気がしました。わあ、おばあちゃんが呼んでくれたのだ、
そう思って台所に戻りましたが、その後3回も(笑)同じように
何となく呼ばれている気がして、疑いつつも行ってみると、
それぞれに違うメッセージをもらいました。
こういった経験はその時初めてでしたが、その後実家に帰って
仏壇に行って手を合わせた時、おばあちゃんの声で、大声で
私を呼んで「元気じゃったか~」と聞こえた事がありました。
この時、ああ、仏様が合わせてくれているんだな、と思いました。
もちろん、一瞬で胸がいっぱいでありがたくて涙が出ます。
そして、おばあちゃんもあの世で修行しているんだな、と
思いました。

先日法事でお寺に行った時は、初め全然おばあちゃんの気配を感じ
ませんでした。神社に行ってもそうですが、いつもエネルギーを
感じられるか、とか同じか、と言えば、そうではありません。
その時々によって違います。
だから、ああ、もうおばあちゃんもあの世が忙しいのかしら、なんて
思っていました。お焼香の順番がやってきて、前に出て
手を合わせたら、おばあちゃんの笑い声が急に前の方から
聞こえてきました。あ!ここにいたんだ。そういえばお葬式の
時もそうでしたが、皆がお焼香しに来る時、まるでその前に
いなきゃいけないと思ってるみたいに、そこにいる気配を感じた
のです(笑)。
やっぱりその存在を感じた途端、瞬間的に涙が出ます。

そして、思いました。
こういうのっていうのは、能力、じゃなくて、見せていただけたり
感じさせていただけているのだ、と。
ものすごく、ものすごくありがたいと感じます。


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