自分以外の誰かや何かをゆるすよりも、自分をゆるす
ことの方が難しいかもしれません。
どうしてあんなことをしてしまったのだろう。
(良くないとはどこかでわかっていても)そうするしか
なかった。
そしてそれをしてしまった自分をゆるすことはできない。
ゆるしてしまってはいけないような気がする。
ゆるしてしまったら、また同じことをしてしまいそうな
気がする。
ゆるしてしまう自分は、他人にも神さまに顔向けできない。。。
という罪悪感は、潜在意識にも自分のフィルターとなり、
自分が幸せになることを自分でも気づかないうちに禁じて
しまいます。
心の底から笑ったり、幸せを感じることを禁じているのは
自分だったりします。
自分が罪悪感を感じていることを他人から指摘されたり
したら、もう同調するしかなく、どんどん自分を責めて
しまったりします(本当は他人にとやかく言われる筋合いも
ないのですが)。
闇に足を引っ張られたり、、、と言いますが、ケースバイ
ケースですけれど、同調するエネルギーで引き寄せる原因は
自分にもあります。フィルターがそんなだと、自分の気持ち
とは裏腹に、自分の幸せを邪魔するようなことが起きたりも
します。
(光の)エネルギーを通したいけれど、全然通らなかったりも。
(自分のことで恐縮ですが@@;)夜中にガイドに「ゆるせ」と
言われました。ガイドやメッセージはいつも短い言葉ですが、
何について、とかは段階的であったりイメージと一緒に送られて
きたりでその意味は言葉ではなくとも理解できます。
そして、上記のようなフィルターがかかっていた自分に気がつき
ました。
まあそれはともかく、いいのかな、どうしようかな、なんて
思っていたら、「ゆるさない」自分は我(エゴ)なのだと
だんだんと気がつきました。
ゆるしてしまった際の上記心配事もありましたが、とにかく
自分に「ゆるす」と心の中でつぶやいてみて、何となく
心もそんな気持ちになって(直感ではさっさと手放した方が
いいのはわかっているのですが)宇宙に手放してみたら、、、
そこにはただただ優しく愛がありました。
「大丈夫だよ」と言ってくれる草花のエネルギー。
「学ぶために生まれてきたのだから間違えても失敗しても
全然問題ないよ」と言ってくれるガイドのエネルギー。
「同じことを繰り返したら、できるようになるまで経験するだけ」
というエネルギー。
自分だけが、間違いや失敗を犯した自分について、プライドを
ゆるせないでいたことに気がつきました。
どこかで完璧なのが当たり前、完璧な自分が基準、と思って
いたから失敗や間違いを犯したこと=「下がる」に直結していた
のだと思います。
言われてみれば、宇宙も全体も、エネルギーがある限り、
変わり続けているのだったと思いました。
だから、完璧もあって無いようなものだと思うし、どこまで
いってもずっと学びでずっと変容なのだと腑に落ちました。
だからこそ、柔軟に受け止めたり、謙虚でいることで
たくさん学び広がること、謙虚でいる姿勢が大切なのだと
思いました。