自分では、120%頑張ったつもりでも、現実には
もっと頑張っている人やできる人がいたり、
自分の力が足りない、ということは往々にして
あります。
それを知ることができるのは、人の中だからだと
思います。
スピリチュアルにおいて、比べても仕方が無い、、、
的なフレーズが出てくることもしばしばですし、
それぞれが違うのでそういうことも言えますが、
競争や他人と比べること、他人がいるからこそ
自分の力がどれくらいか客観的に見れることに
よって謙虚さを学ぶのだと思います。
自分より頑張っている人がいるんだなあ、とか、
積み重ねが大事だなあ、とか。
「比べても仕方が無い」フレーズを、言い訳に使うのは
スピリチュアルを言い訳に使うのと同じだし、
文句だけ言って進化しないのと同じだと思うのです。
謙虚に受け止めることができず、思い通りにならな
かった文句で終わると、「それ以上頑張ろう」
という気持になれないので、当然向上はしないです
よね。だってその時点で自分が一番なわけですから。
いきなり謙虚になれなかったり、神も仏もあったもの
ではない、と思うときもあると思うのだけど、
でもずーっとどっぷりそこに浸かっていても変わらないし、
これからどうしようか、考えるしかないですよね。
120%頑張っても思った結果にならない時、はたまた
「頑張ったのにこの仕打ち??」的な時もたくさん
あります。悔しくも情けなくもあると思いますが、
その裏に謙虚さを学ばされるためとか期待が入っている
場合があったり、もっと先々の理由のためだったり、
理由は色々あるのだと思います。
それを探っても仕方ないのだけど、そんな時も人生には
あるのだと知っていると知らないとでは心の持ち方が
違ってくると思います。
そして、結果がどうであれ、120%の力を出して人が
何かをしている時、美しいと思うし素敵だと
思います。
常に120%だと息が切れてしまうけど、真剣だったり
本気だったりでにじみ出る素敵さを重ねている人は、
内側からどんどん輝いていくのだと思います。
人に見られてる場所とか見られていない場所とか
関係なく、内側の本気と行動は、輝きの要素だと
思うのです。
客観的な意識でいつつ、生きている間に自分が
できることはやりきっていきたいものです☆