2014年1月16日
by Sun Dish
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自分をアゲることと癒されること

「高い意識を持つこと=プロフェッショナルの意識を持つこと」
と、今朝起きて心に浮かびました。

普段の料理でも掃除でも、趣味でも、プロフェッショナルを目指す
とか自分がプロフェッショナルのつもりで行うと、それを行うのが
楽しくなってくるように思います。

行きすぎると、単なるナルシストやそういう風に周りから見られたい、
とか自分もそういう意識だから他人もそうあってほしい、、、
みたいなエゴになってくるかもしれませんが、自分を高めていくため、
物事を楽しむために、自分の中でそういう意識を持って行うことは、
モチベーションアップに繋がり、心もアガルのではないかと思いました。
そこで生まれるプライドや自尊心、もあると思います。
アンテナも高く広くなるので、吸収できるものが広がるようにも
思います。

自分の家を、リゾートのホテルだと思って掃除をすると私は
楽しくなります 笑
先ほどは、高級和食理店の料理人になったつもりで米を研ぎました。

逆説的ですが、何かを目指す、って考えただけでも疲れてしまう
時もあると思います。そんな時は、疲れるまで頑張ったご自身を
ほめてあげて、ゆっくり癒してあげてほしいと思います。
私は自分の経験から、癒された状態で初めて前向きな気持ちが
湧いてくると思っています。
昔、何も考えたくないくらい心が疲労していたとき、丁度長期連休
だったので愛媛県の松山に行きました。広島からフェリーで
瀬戸内海を渡り、温泉に入って翌日は海岸沿いを穏やかで
綺麗な海を見ながらぼーっと1~2時間ほど歩いていた時、
少しだけ「がんばろ」と、ふと心に湧いてきました。
その時、自分がその旅行や海に癒されたことを感じ、
前向きになるには癒しが必要なんだと気づきました。
癒しの大切さを知った日でした。

大がかりな旅行などではなくても、家でゆっくりお茶を飲む、
でも、花屋の花を見る、でも自分がほっとしたり落ち着いたり
何も考えなくていいようなことであれば、何でもいいと思います。
自分が少しでも癒されることを見つけていくことや、
日常の中での小さなリセット(癒し)も結構大事なのではないかと
思います。それは、自分のためにもなるし周りのためにもだと
思います。
人が癒されていることは、本人だけでなく周りも癒されるの
だと思います。
そういうことがエネルギーの影響かな、と思っています♪

2014年1月15日
by Sun Dish
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北口本宮富士浅間神社

山梨県富士吉田市にある、北口本宮富士浅間神社に行って
来ました。パワースポットの本にもよく出ているので、
ご存知の方も多いかもしれません。富士山の北口の登山道
入り口です。
3年くらい前からでしょうか、年に数回、訪れるように
なりました。
ご祭神はコノハナサクヤヒメさん、旦那さんのニニギノミコトさん、
コノハナサクヤヒメさんのお父さんのオオヤマヅミノカミさんです。
富士山のふもとに、コノハナサクヤヒメさんを祀る浅間神社が
多くあるのは、身の潔白を証明するため、火の中でも子供を
ちゃんと生んだコノハナサクヤヒメさんの火を鎮める力で、
富士山の噴火(火)を鎮めようという願いが込められていると
聞いたことがあります。
入り口の門です。建物は全体的に朱色。女性の神様らしいですね。
北口富士浅間神社20140113 180
北口富士浅間神社20140113 182
舞台があって、その奥に拝殿です。
北口富士浅間神社20140113 183
北口富士浅間神社20140113 185
大きな冨士太郎杉。
北口富士浅間神社20140113 188
根元はこんな感じです。
北口富士浅間神社20140113 191
ところで、北口の浅間神社の本殿裏側には、いくつか摂社があって
私はそちらにも行きます。本殿真裏に大黒さんが祀られているの
ですが、大黒さんの前で手を合わせると、体の芯(第1~2チャクラ
辺り)の奥の奥を感じ、大黒さんからものすごく真っ暗で深いものを
感じ、自分のその体の芯と繋がっていてもっともっと深くなるような
感じを得ました。真っ暗なのですが、こわくない。とても深い感じ。

北口の浅間神社から裏手へ少し行ったところに、大塚丘という
場所があります。ここは、ヤマトタケルが富士山を遥拝した場所で、
鳥居をくぐり、右手に5メートルほどあがると、小さな祠が
あります。
北口富士浅間神社20140113 194

大塚丘に行って祠の前に来た時、地球の奥に繋がっている、と
瞬間的に感じました。ものすごく深遠で尊い、優しいというより
その日はとてもエネルギーを強いと感じ、とにかく気軽に触れない
ような尊厳、神聖さを感じました。

後で気がついたのですが、大黒さんで感じたのは、地球の奥だ、
と思いました。
神様の前で、目の前のエネルギーから宇宙を感じたのは初めてでした。
もしかしたら、神様や神社は表面的なもので、その奥には、宇宙と
繋がっている、宇宙があるんじゃないかと、そんな風に初めて
思いました。
また、富士山をご神体として遥拝していた大塚丘で感じた地球の奥は、
もしかしたら富士山の奥に繋がっているからかも、、、と思いました。

2014年1月15日
by Sun Dish
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日常の幸せ

体のどこも痛くないこと、不快なところが無いこと、良く眠れる事、
ご飯が食べれること、屋根のある暖かい家に住めること、
本当にこういうことがとってもありがたい、と感じます。

最近は特にそんな風に感じることが多くて、さっきもスーパーに
買い物に行く途中、なんてありがたいんだろう、と
とても幸せな気分になっていました。

たくさんの光と愛が、宇宙を含むあらゆるすべての存在を包みます
ように。

2014年1月14日
by Sun Dish
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言葉を理解すること

高校生の頃、本の力の素晴らしさに目覚めてたくさんの本を
読みましたが、頭の中が左脳的(思考をこねくり回す 笑)に
なったのも確かです。
言葉を追いかけて、言葉で言葉を思考する。。。こうなってくると
本来伝えたいこととは、ちがう方向に向いてしまうことがあります。
そして、全身や感覚で理解できることまで、理解できなくなって
しまうことにもなりかねないことがあります。

同じ言葉を使っても、表現したいことは全く別のことであったり
することは、世の中日常茶飯事だと思います。面倒くさいことに、
私はよく言葉や単語に一々反応していましたが、
その必要はあまりないことで、一番大事な目的は、
「何が伝えたいことか」であり、そのことをきちんと
理解して、書きものを読むことが大事だ、と気がつきました。

人間は言葉を中心にコミュニケーションをとっているけれど、
言葉(文字)だけでは、伝えたいことの30パーセントくらいしか、
伝わらないかもしれない。
と、半年くらい前に気がつきました。そうしたら、言葉に対する
こだわりが消えました。

2014年1月14日
by Sun Dish
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個性は自分が感じることそのもの

高校生の頃、一人でお店でお茶を飲んだり食事をしたりできるように
なりたい、と思っていました。当時の私にとっては、それをするのに
慣れてなくて、少し勇気が要りました。今は、一人でカフェに入っても、
スマホを見たりしている人がたくさんですが、当時はそんなものは
ありませんでした。ただ、カフェや喫茶店でお茶を飲みながらぼーっと
したり、食べたいものを一人で味わってゆっくり食べたりしている、
それが自然にできるのが、私にとって大人であり素敵なことのように感じました。
「一人で味わっているその佇まいが美しい」、フランスのカフェでそういう
女性がいた、というような事が書かれてあった本か何かを当時読んで
素敵だと感じました。
だから、学校が終わってからや午後授業の無い土曜日、少しの勇気を出して、
一人で素敵だと思った場所へ行くようになりました。その勇気みたいなのは、
ほどなくして必要なくなりました。

一人で動く、ということの後押しをしてくれたと今振り返って思うのは、
山田詠美さんの「放課後の音符」という小説でした。
何十回も読みました(笑)
この本を読んで、「私、このまんまで良いんだ。それが、個性なんだ。」と
そう思いました。当時の私の中で、「個性的」というのがキーワードでした。
私はあまり目立たない子で、集団できゃあきゃあいうのも苦手で、そのことを
全然個性がない、暗いのではないか?と劣等感のように感じていました。
また、考え方や価値観が周りの人たちと結構違うことも何となく感じていました。
だけど、この本を読んで、自分の感覚、心地いいと感じるものが他人と
違っても、自分の感じることそのすべてが結局自分の個性なんだ、と
わかりました。当時の私は自分の「個性」がほしかったのです。
人と比べて劣等感があったから、それを欲したのだと思います。
そもそも、劣等感は人と比べるから出てくるものですね。だから、
自分が感じることそれ自体が自分の個性であると知った時、「(いろんな
感情の)集合体のこの私は、宇宙に他に一つとしてないんだ」と、
嬉しくて愛おしくなりました(笑)。目立たなくても、なじまなくても
ちゃんと「自分」(個性)があることを発見してとても嬉しかったのです。
そして、とてものびのび息ができるのを感じました。
本や言葉は人を救うのだなと思いました。

そう思って自分の個性のままのびのびしていたのに、大学4回生のある時、
「強い人」と言われて、「(他人の気持ちもわからないくらい)
気の強い人」と捉えてしまい、他人の言葉に弱い私は、
それではいけないんじゃないか、と思うようになって、
周りに同化しようとしたり感情移入してみたりするように
なりました。また、「強い人」が劣等感と感じ、
「目立たなくなりたい」と思う反面、誰かに認められたい、
と相反する気持ちが出てきたりで、結局いつも「他人の視線」
という意識があったと思います。
そうしているうち、今度は本当の「個」の自分がぼんやりするように
なって自分の気持ちがよくわからないようになってきました。
この事実に気づくのに10年以上もかかりましたが、今思えば、
「強い人」と言われた時、他人の気持ちがわからない、のではなく、
「気持ちはわかるけどその選択をしない」自分がいただけ、だった
のではないかと思います。
「強い人」とか「弱い人」っていうのは、今では、自分の考えや
意見をしっかり持った、という風に捉えられるようになりました。

昨年知名さんに、相手に瞬間的に同化する私を指摘し、
(個があるのに)もったいない、とリーディングしていただいたことを、
先日録音していたのを久々に聞いて理解しました。

「他人」の視線(他人はこう思うだろう、といったことです)を
意識して生きるのは、もう疲れたので山田詠美さんを読んでいた
頃の自分に戻ろうと思います(笑)。他人の意見を聞いたり影響を
受けるのは、これまでは自分の幅を広げる、と思っていましたが、
「人に認められたい」という弱さがあったため行き過ぎて
しまったようです。
他人の視線を基準に生きるのは、面倒だし、そもそも
あんまり格好よいものではないと思うようになりました。
だから、少々他人に理解できないと言われても、自分が
感じるまま、自分が素敵と思う感覚に従い、自分が格好悪いと
思うことはしない、という自分の感じでいこうと思います。そして、
それが大人の生き方なんだろうな、と30半ばになってやっと
そう思っています。

・・読み返してみると、本当は「小さな勇気の積み重ね」といった
ことが書きたかったのですが、話が脱線してしまいました(汗)
いつか書くかもしれません。

2014年1月12日
by Sun Dish
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カルシウム

最近、体のメンテナンスをしています。
と言っても、健康フリークなので、昔から健康や美容に良いと
言われていてピンと来たものは試してきました。
その中で、最近、これは!と感じているのは、カルシウムをとること
です。特に牛乳から。私は牛乳が苦手なので基本的に飲めません(笑)
カルシウムを取ることは、日本の栄養学では目新しいことではないかも
しれませんが、自分の体でその必要性を感じています。

人間の血液は身体に酸素や栄養分を運んでいますが、弱アルカリ性です。
食生活によってこれが酸性に傾き、血液がドロドロするので、食生活
によってアルカリに修正する、というのが自然療法やアルカリ食品を
進める本にも書かれてありますが、その中でカルシウムがアルカリで
あることを知りました。
よく、肉や卵の食べすぎが良くない、とか野菜を食べなければいけない、
和食が良い、等と言われていますが、では肉や卵をおそらく日本人より
昔からよく食べてきた欧州の人はそんなに健康を害しているのか?と、
私はこのことが不思議でした。

最近図書館で借りてきた、「アルカリ食健康法」(川島四郎著)
読むと、日本は火山灰の土なので、土に含まれるカルシウムやミネラルが
欧州に比べてかなり少ないため、青緑色野菜や骨ごと食べられる小魚、
そして牛乳(牛乳がアルカリ食品であることを初めて知りました!)を
意識して摂取するよう書かれてありました。
また、血液が酸性化してくると、骨のカルシウムを使ってアルカリ化
しようとするため、骨が溶ける、と書かれてありました。
欧州は土にも水にもミネラルが多いため、草もそれを食べる家畜も野菜も、
おそらく摂取を気にしなくて良いほど普段の食事からカルシウムや
アルカリ性物質が取れるようです。
日本は、土地柄、もともとの和食は青野菜や魚・梅干しや発酵食品・
他の国に比べて良く食べる海藻がアルカリ食品なのでそれでまかなわれて
いたようですが、戦後食生活が変わってきて、益々意識してカルシウムを
とっても良いのかもしれないと思いました。
また、その土地に行けばその土地のものを食べる、というのは、
特に栄養学を意識しなくても、自然とすべてが理にかなっているように
なっているのは改めてすごいことだと思います。

年末にランニングをしていた時、ふと、「牛乳」と浮かびました。
私は、子供の頃から牛乳が苦手です。だけど、不思議なことに体が牛乳を
欲することが昔からありました。そんな時は、ミロ、とか、いちごとバナナを
入れてミックスジュースにしたり、かぼちゃスープのタネ(かぼちゃとジャガイモ
と玉ねぎをコンソメで煮てミキサーでつぶしたもの)を作っておいて
牛乳を飲むようにしています。昨日も、そうだそうだと、思い出したように
かぼちゃスープのタネを作りました。加えて、昔から給食で好きだった
煮干しを買ってきて(今は、食べる煮干し、という便利なものが売られています)
食べています。この効果は。。。 精神が落ち着いて、良く眠れるように
なりました。個人的にリラックス効果を感じています。
カルシウム不足がイライラを引き起こす、とは昔から良く言われて
いますが、結構な不眠症気味の私に、もしかしたら素晴らしい効果をもたらして
くれるかもしれないと、救世主のように感じています(笑)
ちなみに、牛乳を飲んだらお腹を壊す、という人がいると思います。私もそうなる
事がたまにありましたが、本には、牛乳は噛みながら飲む、ということが
書かれてあり、実践してみるととりあえずお腹は大丈夫です。また、冷たすぎる
牛乳ではなく、今の時期は温めています。良く眠れるようになったことも
あるかもしれませんが、お腹の調子はこれまでにないくらいとっても元気です。

カルシウムを骨に定着させるには、ビタミンD(日光に当たることで生成されたり、
シイタケに含まれたり、動物性たんぱく質に含まれたり)が必要とのことで、
色んなものを美味しくバランスよく食べるのがいいのだなあ、と改めて
体が感じています。私は以前、意識して食べないと肉もあんまり取らなかったですが、
久しぶりにお肉を食べた時は体が満たされ、精神が落ち着くように思った
事がありました。

体調も、日々の食生活も皆違うので一概にこれがいいということはないと
思いますが、直感に従い(笑)私はとりあえず牛乳を意識して飲んでみます。
カルシウム不足だったかもしれない、、、と思う今日この頃です。

2014年1月12日
by Sun Dish
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霜柱

霜柱です。
20140111_120439
写真をクリックしていただくと、拡大版で見れると思います。
昨日行った近所の神社の駐車場に霜柱があったので、撮ってみました。
水晶の結晶にも形が似ている感じです。

2014年1月10日
by Sun Dish
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自分と違う他人で世界はできていること

大学生の頃、あるサークルに入っていました。
私は当時、他のメンバーに対して、「もっとこうすればいいいのに。。。」
「何でああなんだろ。。」と思い、それを3つ上の先輩に言っていました。
その時言われた言葉が忘れられません。
「でもさ、1人だったら組織にならないじゃん?それでも(メンバーで)
いるから組織なんだよ。」
その時、日本の国も、世界も同じなんだな、と思いました。

人は一人では生きていけません。気に入ろうが入るまいが、組織の中1人です。
その時はサークルだったので、だったら、その人の長所が活かされるように
引き出せばいいんだ、という考えに至りました。そして、サークルのメンバーに
してみれば大変横柄で上から目線だったかもしれませんが、どうやったら
その人のいいところを引きだしてサークル活動で最高のパフォーマンスをしてもらえるか、
引き出せるように、モチベーションが上がるように、自分の態度をどうしたら
よいか、まあ、そんな事を考え部長でもないのに一人で実践していました。

そんな事を、これを書くまで忘れていました。

このアプローチは、会社に入ってからの仕事で役に立っていたのではないかと
思っています。

「お前を中心に世の中回っていない。」と子供の頃、父に言われました。
まだ心に残っているのは、まだ必要な言葉だからだと思います。
そろそろ、手放したいと思います。

それと、自分が十分に活かされることが、周りに良い影響を与える、と思うので、
遠慮しないで上を見てどんどん伸ばしていけばいいんだと思っています。

2014年1月10日
by Sun Dish
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話してみる

私は、あんまり相談をしてこなかった人間です。
相談しても頭から否定された経験や、結局は自分で考えなければ
ならない、という気持ちがどこかにあったので、相談した経験を
振り返ると、相手は母か本当に近しい友人や、どうしても誰にも
話せないことは占い師さんに相談したことくらいです。
相談、という言葉も少し違うかもしれませんが、あまり自分の
気持ちを人に伝えてこなかったかもしれません。

昨年、妹と話していた時、「お姉ちゃんはいつも結論だけ話す。
もっと途中段階で人に話してもいいのに。」と言われました。
別に考えて最終的に決めるのは自分だけど、前段階で気づけることも
多くある、と。
その時の私にはピンとこず、そんな事も忘れていたのですが、
先日実家に帰った時、久々にものすごい怒りに襲われて(笑)、
「ぐちってもいい?」と母に聞いてもらいました。
そしたら、母も、彼女の思うことや経験をとうとうと話してくれたの
ですが、「あ~、そうだったんだ。」と納得することがあり、
私、そんなに一人で爆発しそうになるくらい(笑)怒りを抱える
ことでもなかったんだな、と思いました。
そして、気づいたのですが、人に話してみたら、それまで自分の中で
大問題だったことが、実は大したこと無いと思えることが結構あるんじゃ
ないかと。
もちろん、一人で温めて大事にしたいことはあると思いますが、
人に話してみてスッキリする、という目的だけじゃなくて、
話すことによって気づくことがあるかもしれない、と思いました。

人は人に支えられて生きているんだと、改めて感じた経験でした。

2014年1月9日
by Sun Dish
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ニューカレドニア あれこれ ⑤

ところで、ニューカレドニアに行く前に、全くニューカレドニアについての
知識がなかったので、図書館で本を借りて少しだけ前知識を入れていきました。

ニューカレドニアには、戦前、主に熊本と沖縄から、ニッケル鉱山で働くため
出稼ぎに行った人が多くいたそうです。その後、第2次世界大戦が起こり、フランス軍の
敵国であった日本人は現地人の妻子を置いてオーストラリアの収容所に送られ
たり、日本に強制送還されたりしたようで、戦後は日本の兵士が戦争捕虜として
ニューカレドニアの収容所に送られてきたりした歴史があるようです。
そこで、何とか日本人の地位を高めようとされた方がいました。
ジョージ筒井氏とそのお父様です。詳しくは、「わたしのニューカレドニア」
(森繁久弥+小谷章 著/共編)に書かれてあり、当時のニューカレドニアの
人ならば誰でも知っている方だったようでニューカレドニアと日本の交流に尽力を
尽くされた方のようです。当時ニューカレドニアに住んでいた日本人および
ニューカレドニアを訪問した日本人は皆筒井氏のお世話になったと言われて
います。
そのおかげでしょうか、空港に着いてまず驚いたのが、フランス語(現地の共通語)・
英語の次に必ず日本語で案内が書かれてあることでした。海外の公共施設で日本語を
目にすることは、私の経験上ほとんどなかったので、大変驚きました。
街に出ても、日本人が多いわけでもなく、現地の人もフランス人も日本語が
話せるわけでもないのに、日本語のメニューが用意されていたり、
国内線の飛行機にまで日本語の案内が書かれていました。
ニューカレドニアは日本人の観光客が特別多い、というわけでもないと思います。
これまで、海外に行って感じるのは、過去に日本人が現地で行ってきた
言動の積み重ねで良いことも悪いこともそのままその土地に残っていること、
歓迎される土地では、その土地で尽力された日本の方々を思い、ありがたさを
感じます。自分たちの言動が、未来へ影響を及ぼすことを学びます。

ニューカレドニアはフランス領であり、ニューカレドニアの人々は
全員がフランス国籍となります。なので、フランス語が主流なのですが、
今回旅に出かける際に、「ことりっぷ フランス語」を買って少し家で練習していきました。
以前フランス語がさっぱりわからないままフランスに行って痛い目にあったので、
今回は1カ月計画で1冊覚えきろうと思ったのですが、途中で風邪を引いてしまい、
至らず。。。でも、メルシー(ありがとう)とボンジュール(こんにちは)と
オールボワール(さようなら)で、大体事足りました。
道端ですれ違う時、目があえば、大抵「ボンジュール」と言うか、
微笑みを返してくれました。
目があっても無視、というのは、「素性がわからない怪しい人間。」と
いう風に捉えられてしまうのだと思いました。きちんとしたルールと
心地よく暮らせる知恵だとも思います。
また、オーストラリアのゴールドコーストでもそうでしたが、
ホテルや家のベランダでくつろいでいる人が多くいました。
歩いていて、ベランダでくつろいでいる人と目が会うと、
気軽に手を振ってくれます。バカンスに来ているフランス人も、現地の人も、
海のそばでご飯を食べ、日が沈む時は夕陽を眺め、子供たちは砂だらけに
なって浜辺を転がりそれぞれの時間をゆっくりと自由に楽しんでいるように
見えました。

ニューカレドニアのお店は、大抵8:30~開いていますが、お昼の2時間は
クローズします。逆にその時間はレストランが開きます。そして、午後
14:00からまたお店を再開しますが、18:00には閉店です。
レストランはその後19:00からオープン。
食事する時は、ゆっくり人と話しながら、がテーマのようです。
食事と会話を大切にするフランス文化からきているのかもしれませんが、
そういう選択の仕方、私も地で行きたいです。人生を慈しむ、という感じが
します。そんな国に、もちろんコンビニはありませんでした(笑)
コンビニはコンビニで大変便利でありがたいですが、無ければ無いで、
そういう暮らしをすればいいだけですね。
そして、思いました。 生きるためにはお金が必要かもしれないけれど、
お金を稼ぐために生まれてきたんじゃない、と。

食事や人との会話を楽しむ、ということから、そのシチュエーションの
レストランやテイクアウトの食べ物は、本当に何でも美味しかったです。
渾身の魂を込めた歴史の積み重ねを感じます(笑)

以前テレビ東京でニューカレドニアを紹介していた番組に出ていた
天使のエビライスのお店にどーしても行きたいと主人が言うので、探して
行ってきました。住所だけではわからず途方にくれましたが、思いついて
観光案内所に行って聞くと、「ガソリンスタンドの後ろの建物。郵便局の隣。」
と教えてくれました。ただ、その通りに行きましたが、看板を探してもありません。。
看板の無い食堂があったので、そこにいたおじさんに、
「リシュリューレストランはどこですか?」と聞いてみたら「ここです!」との
ことで到着、主人念願のご飯をいただきました。久々のお米(タイ米です)と
プリプリのエビがサイコーでした!
お店の名刺です。行かれる方はご参考まで☆
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