マインドと直感、直感の入るスペース

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大雪の天気予報で、今朝起きたらどんなに真っ白なの
かと思っていましたが、全然積もっておらず、風は強い
ですが、熊本の山奥は現在も粉雪が舞う程度です。
でも全国的に大雪や大荒れのようですので、お出かけの
際にはお気をつけくださいね(^^)。

ところで、直感が入ってくるのはいいなあ、、と思われる
方もいると思いますが、細かい直感はついていくのが結構
大変です。自分の気持ちと正反対だったりします。
ドーナツ食べたい、と思っても、即座に「やめとけ」と
飛んできたり、ゆっくりしてたい、と思っても「早く寝なさい」
と飛んできたり、どっか行きたい、と思っても「行くな」と
飛んできたり。。。こう書くと、禁止事項ばかりのようですが、
そういうこともなく、これは言いたくないなあと思うことも
「言いなさい」と言われたりもしばしばで、宇宙の意向は
今の所自分のマインドと全然関係ないこともたくさんあります。
もちろん、なぜ今?と思う時に「休憩しなさい」というような
こともたくさんあったりします。

そして、もちろん、導きでありとても感謝していますが(^^;)。
結果の観察、大事です。結果に奢ると、ちゃんと落とされます
(注意や足元すくわれる経験により再スタート?^^)。

直感(に従う)トレーニングは、エゴや偏見を捨てる
トレーニングでもあると思います。

人は、自身の経験から、物事を予測して期待したりしますが、
以前からよく書いていますが、期待すると上手くいきません。
プレゼントを買って誰かに送る時、「これが好きに違いない」
「喜んでくれるに決まってる」と、自分が気付かないくらい
小さな声で自分の中で期待したとしても、です。
支配とコントロール、おごりからの離脱、のためなんじゃない
かなあと思います。
だからそんな時は、「わからないけれど、喜んでくれたら
いいなあ〜」くらいにとどめておくのがいいように思います。
いつも、「わからない」という余白と謙虚さが残っているのが、
大事なのではないかと思います。

直感が、マインドと関係ないところにあるということで、
偏見を抜かないと受け止められない、余白がないと入って
こない、というところに通ずるのだと思います。

また、自身の経験から、自分の得た知識で本当の理由は定かで
ないのに勝手に物事を判断したり決めつけたりした場合にも、
声高らかに言ってしまった場合などは特にしっぺ返しがやって
きたりします(何度失敗したことでしょう。。。)。

直感や導きは、以前も書きましたが、自分の思考をはるかに
超えています。それをキャッチできるようになるためには、
まあ確かに、偏見や自分の知識を差っ引いて無の状態に
なれる器や、受け止められるスペースが必要よねえ〜、と
最近改めて思っています。
「こうあってほしい」と思う自分の気持ち(マインド)
とは、全然関係なく違うのですから(^^)。


4 Comments

  1. Yokoさん、こんにちは!
    新型コロナウイルスでさわがしいこの頃ですね。

    結果の観察というのは、直感に従った結果について自分が謙虚に受けとめられているかどうか検証するということですか?
    私は最近、思いついて誰かに書いたメールを後から読み返して「これ、全然的はずれ」と思って一度は送るのをやめたメールを結局ほぼそのまま送ったことがあります。自分の言動を的はずれ、と思うのもマイナスの期待になるのでしょうか?その時は自分や相手のコンディションがそのメール送受信のタイミングではなかったのかも、とも後から思いました。

    直感が入ってくるのは良いなあと思いますが、自分にとっておなじみの失敗パターンをまた繰り返してしまったことに気がついた時、「自分で」ちゃんと気がつくまで待っていてくれる宇宙は辛抱強くて愛があるなあとも思いました。

    • ayaさん

      結果の観察については、そうですね、ayaさんのおっしゃる通り、結果について謙虚に
      受け止めることでもあるかとは思いますが、もっというと直感に従い自分にとって良い
      結果となった時に奢ると、そういう方向に導いたつもりはないんだよね〜的な感じで
      落とされたり大どんでん返しがあったりすることもあるので、常にニュートラルにいること、
      結果にとらわれることなく流れの中で生きているということを忘れないこと(?)が大事で
      あり、自分の状態を常に俯瞰で見れることが大事、自分自身の観察でもある、ということになります。
      一時的に良く見えても、流れの中でそれがどうか、というのは俯瞰で見ていないとわからないし、
      とにかくニュートラルに導かれるのだと思います。宇宙は厳しいけどそれも愛かな、と思います。
      あ、かと言って喜ぶな、というわけではなく、グラウンディングして自分を祝福したり感謝したり、、
      おっしゃる通り結果を謙虚に受け止められる、につながるのだと思います。

      マイナスの期待、が、申し訳ありません、私にはよくわからないのですが、、謙虚さ、と
      いうことでしょうか?まずは自分に正直かどうかが大切だと思います。もしくは、
      的はずれと思った時の自分の感じはどうだったか
      (的はずれだと理性的には思うけどそうに違いない、と思う自分がいる、とか)
      マインドと直感の違いやエゴを明確にするレッスンなのかなあと思います。
      逆に的はずれ、と思ったことが直感だったり、、、?

      頭ではこう思うけど、体の芯や奥からの感じはこうだと思う、とか、メールを送る時に
      ざわざわしたとか。。。
      「どんな感じがするか」がサインや直感だったりもします。

      直感やサインは微細で、それを感じるために瞑想や自分をクリアにすることを
      人々は昔からしてきたのだと思います。
      「無になって自分を感じる」ことの積み重ねって、世界を広くすると思います♪

  2. 返信ありがとうございます☆
    謙虚に受け止める、というだけでなく結果の良い悪い(瞬間のジャッジですね)
    は流れや広く俯瞰で見ないとわからないことだし、自分の状態も視点も
    ニュートラルに保つことが大事、と理解しました。

    マイナスの期待については、言葉足らずで申し訳ありません。
    素直にサラサラある確信を持って書いたメールを
    後で読み返して相手に伝わらないんじゃないか、喜ばれないんじゃないか、
    最初の確信まで疑いだして、これも謙虚のフリした期待かなあと思ったのです。
    自分にとっては送ることが相手にも自分にも誠実なこと、相手がどう受けとめるかは
    相手の自由だと感じた時に送信ボタンを押しました。

    (相手がよろこんでくれるか、喜ばないのか)わからないけど、というのは
    ニュートラルにも通じますね!

    • ayaさん

      いつも真摯で一生懸命にご自身をみつめられていますね⭐︎
      いいねボタンがあれば押したいと思いました(笑)。

      おっしゃる通り、腹をくくって手放すことは勇気が要りますし、更に
      それを気にしない、というのもとらわれない、ということへの学びや
      強さを得ることにも繋がると思います。
      考えすぎを手放すということも⭐︎

      そして更には、今回に当てはまらないかもしれませんが、
      相手のキャパと自分の違いを知る経験もあったりします。

      でもまずは自分でよしと決めて行動したこと、そこに出した勇気(勇気、という
      言い方を皆しないのかもしれませんが、私はそう思っています)を
      よしと認めていいのかな〜、とも思いました(^^)。

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