2014年8月15日
by Sun Dish
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先日の満月

先日のエクストラ・スーパームーン(?)でしたでしょうか?
それを近所で観るイベントがあったのですが、雲に覆われて
いてイベントが中止になりました。

中止になってつまらなくなったパートナーは、いっそ観れる
所まで!と思ったらしく、夜な夜な急遽、別府へ向かうことに
なりました。

家から40分ほど走った場所にある湯布院の上空は、ぽっかりと
雲が切れてまあるいお月様に会えました!そして湯布院を抜けると
また雲に覆われ、別府に着いた頃は、また雲が切れ、温泉から
お月様とお話できました(^^)。
月を観て、初めてツキヨミさんを感じました。パワフルさが、
男性的で、なんでだろ〜、と思った瞬間、ツキヨミさんを思い
出しました。

たくさん願い事をしてしまいました(笑)

2014年8月8日
by Sun Dish
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サポートのエネルギー

最近、星座や星座にまつわる神話の話を読んで
います。
初めて、と言ってもいいくらい、ギリシャ神話に
触れていますが、日本の神話と似た部分もあり、
神話、ってどうしてこんなに飛んでいるんだろう、
と思います。
すぐに人(?)を殺してしまったり、嫉妬したり、
足引っ張ったり、でも、優しい心には感動したり。。

いろんなことを人間は経てきたのかもしれませんね。

さて、それで読んでいる中でピンときた、というか
自分にまっすぐ入ってきたこと(私に足りないこと)は、
日本でも「奢れるものは久しからず・・」と言われて
きましたが、外国の神話でも同じく、知恵がたくさん
あって人望が高まったりした時、「自分がすごい」と
思った瞬間に、「我々の力でそうなっているのに
うぬぼれている」とかみさまの怒りを買ってしまった
人の話がいくつかありました。

あれを読んだ時に、ああそっか、自分の努力で得た
何かも、自分だけの力ではないサポートや周りの人々の
おかげや、目に見えない力があるんだなあ、という
ことを切に感じました。

今日、「存在させてもらえている」だけでも、自分の
力ではないことを感じ、愛があるのだと改めて感じて
いました。
良いことやラッキーなことがあったら、「自分だけ」
ではなく、誰かのサポートがあったのかもしれないし、
まあ、そんな事を考えなくても、ラッキーな
ことがあった時、「ありがたい」と感じる心は大事に
してもいいんじゃないかと思いました。

2014年8月8日
by Sun Dish
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はかりしれない導き方

宇宙やかみさまやガイドの導き方、って、本当に
はかり知れません。
私が想像できることは、あんまり起こりません。
私が想像できることからまるで裏をかくように、
全く想像できなかった出来事が起こり、導きが
あります。
だから、人生わからないから楽しい、とは
こういうことなのかもしれませんね~。

そのからくりや、何で物事がそういう風に運ぶかは、
ウィットに富んでいて、もう驚きで一杯です。
「どこにも驚きを」、というのが宇宙のテーマなん
じゃないかと思うくらい(笑)はかり知れません。

直感を信じて動いていると、後から「結局そこに
導きたかったのね~!」というのがわかってくる
ようになりました。導かれた後にそれはわかること
なのですが、その途中段階は、「何でそっちなの?」
と思うことが多々あるのです。
だから、かなり面白いです。自分の想像できない
ことが起こって、でもそれが後で導きだった、と
いうことがわかると、そのどこまでも追いつかない
精密さと完璧さとウィットさにやられた~という
気持ちになります(笑)。
宇宙やかみさまに対峙する時は、むしろ想像なんて
要らないような気がします。

ダイレクトな言葉だけを使ったコミュ二ケーション
ではなく、いろんなサインを感じたりするのは、
なんだか暗号チックで面白いです。

そのサインを感じて導きの目的がわかった時、
「ああ~、宇宙やかみさまって本当にいるんだ、
導いてくださってるんだ~!」って思います。
いえ、そう思えるように私もなったんだな~、と
今これを書いていてふと思いました。

導きはそしてずっと終わらないし、いつも誰でも
見て導いてくださっているエネルギーがあることを
知ると、すごいな、って思います。
誰しも愛に包まれている、って本当の意味で皆が
(私も)気づけたらいいな、と思います。

2014年8月8日
by Sun Dish
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立秋

カレンダーを見たら、昨日8月7日には立秋と書かれて
ありました。
だからかもしれませんが、もう秋の匂いを感じてきま
した。

これまで気がつけば夏休み気分だったのですが、
気持ちは秋に切り替わりつつあるようで、そろそろ
きちんと動くか~(何を?)、という気持ちに
なっています。

世の中と現実は、まだお盆前で夏休み真っ盛りでは
ありますが(^^)

2014年8月6日
by Sun Dish
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枠をはずす

「枠をはずせ」と2~3週間くらい前から言われて
いました。初めは何の事だか分らなかったのですが、
(なので宇宙にわかるように教えてほしいと投げました)
そうこうするうち、枠が無い人に立て続けに出会う
機会がありました。

常識とか一般的な考えとかが、いつも何かをする時に
自分の中に出てきます。そこには偏見も含まれて
います。自分の中に出てくるので、自分の中に
そういった見方をする部分もあるのかもしれないし、
集団意識を拾ってきているのかもしれなくて、
どちらか迷った時期がありましたが、自分の中に
出てくるのだから結局は自分がその意識、要るか
要らないかで判断すればいいのだと思いました。

そして、いつも魂が望んでいる事の選択をする時、
壁となってやってきます(笑)。
要は人の目を気にする、ということです。

枠が無い人たちと話をしていると、枠を捨てるに
至るに、葛藤されたこともあると聞きました。
現在の枠をとっぱらって伸び伸び自分を
表現されている姿には、勇気をもらいます。

「言葉やイメージが降りてくる」というと、特別で
神秘的に感じる人もいるかもしれませんが、直感は
誰にでもあるし、これも「降りてくる」というのと
同じだと思うのです。
降りてきた言葉を歌や音楽にして表現している人に
出会いました。また、それを文字や何語でもない言葉で
表現して降りてきたものを伝える人にも。

「降りてきたものを伝えています」そうさらっと言える
人達に出会い、ああ、そういう風に表現するのが
ぴったりだし、さらっと言えていることが素敵だなあと
思いました。そして、そう表現してもきちんと受け入れ
られていました。
そんな場面に出くわし、世の中も随分変わってきている
のだなあ、と思うと同時に、自分の中の古い偏見(偏見の
目で見られる恐さ含む)を突き付けられ、もう捨てても
いいのかもしれない、と思いました。

集団意識を見れることも必要だと思うし、バランスを
取るためには私はすべて手放す必要がないと思っています
が、それでがんじがらめになることもないと思うのです。

目に見えない世界を知ることは、それまであった目に
見える世界や価値観にプラスしてもう一つの世界が加わる、
つまり広がる、ということです。
だから私は広がった分忙しく感じるし、アンバランスな時も
ありますが、目に見えない世界がどんなにワクワクしても
追求するのが楽しくても、偏りたくないなー、と思って
います。

どっちもできてこそ、を目指したいな~、と思っています。

2014年8月5日
by Sun Dish
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大人の影響

小さい子供を見ていると、大人の真似を皆しています。
本能的に大人になりたいのかもしれないし、一種の
憧れのようなものを抱くのかもしれません。
おもちゃの電話で話す子供は、近くの大人の話し方を
真似するわけです。

小さい頃は、早く大人になりたいと思っていました。
理想がたくさんありましたし、自分で動けると思ったし、
実現したいことがたくさんありました。

一種の見方ですが、妥協することによって、楽しくない
大人が増えている(いた)のではないか、と感じます。
「仕方が無い」の一言で、いろんな妥協をしてその中に
閉じこもってしまう。そして、誰かが楽しんでいるのを
見ると、自分は我慢している、という潜在・顕在意識が
あるから、怒りが生じてくる。みたいなこのループ、
そろそろ崩れてこないかな~、いや、もう崩れてきて
いるんじゃないかと思います。

そうでないと、次世代の人々に良くないと思うのです。

子供も若い人も、素敵だと思う大人を見て、「ああなり
たい」と思って未来を夢見て希望を持って元気に進んで
行けるのだと思います。それが国を動かしていく力にも、
これからの地球を動かしていく力にも繋がっていくと思う
ので、そのためには大人が人生を素敵に楽しんでいること
だと心から思っています。

私が小さい頃、と言っても多感な10~13歳くらいの間に、
私にとって特に素敵な大人にたくさん出会う機会があり、
「あんな風になりたい」と強く思ったことを覚えています。
いろんな事を吸収した時期でしたが、素敵な大人に
出会えたことは、私の人生の財産です。
今でもその人たちを思い出すだけで元気が出てきます。

2014年8月5日
by Sun Dish
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妥協について

妥協すれば何かが流れるか、と言えば、必ずしも
そうではないと自分の経験から思います。
ふと、そんな事を思い出しました。

例えば大学受験、受けた学校には失礼かもしれま
せんが、「滑り止め」を作る人も多くいると
思います。私もそうでした。
だけど、滑り止めとして受けた学校が、一番に
結果がわかり、一番に不合格でした(^^;)
この時は絶望でしたが、他の学校をもう一生懸命
受けるしか道はありませんでした。

当時高校の先生が言っていたこと、今となっては
良かったなあ、と思うことがあります。
「大抵の人は、初めに不合格になった時点で諦め
たりするのだけど、後期試験もあるわけだし、3月
後半の最後の最後まで諦めなかった人が結構ちゃんと
合格するんだよね~。」と言っていました。その
言葉があったので、受験生の1月、第一希望はそれ
までもその時もE判定(合格率20%くらいだったよう
な・・)だったのですが、やるしかないので受けました。
大学受験は結局5校ほど受けさせてもらいましたが、
1つしか通りませんでした。それでもよく通ったなあ、
と思うことと、実は第一希望が通りました。
合格の通知が来ても、入学式が終わって自分の学生証を
もらうまでは、間違いではないかと思っていました(^^;)

話は変わって、恋愛でも、(相手に失礼ながら)どこか
妥協したからと言って、付き合える、ということは
ありませんでした。
でも、妥協しないで目指したところで上手くいく、という
ことはありました。

つまり、妥協したからといって、上手くいくとは限らない、
自分のパターンを振り返ると、妥協しないで自分のドン
ピシャを狙う(笑)方が上手くいくことが多いようなので、
妥協しても仕方が無いんだな、自分の希望からきちんと
逃れられないように導かれるのだな、と思いました。

自分の中で何か妥協していてつまらなかったり、上手く
行っていない事があったら、まだまだ理想に向かえる力や
可能性があるのかもしれません。一生に一度の
人生ですから、自分の中の理想第一位をしっかり目指して
やっていったほうが、私自身は後悔が少ないように
思います。

2014年8月1日
by Sun Dish
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国造神社

阿蘇神社の北宮、国造神社に行ってきました。
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鳥居をくぐって周りの木々を見た時、ぐっと涙が
こみ上げてきました。このこみ上げ方が、初めて
伊勢の内宮に行った時と似たような感じだったので
驚きました。
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ご祭神は、阿蘇を人々が住めるように開拓した、
タケイワタツノミコトさんのお子様3人および、
ご長男のお嫁さんです。

タケイワタツノミコトさんが阿蘇を開拓される際、
横たわっていたオオナマズさんに、「ここに
いられては人々が住む土地が作れない」と言って、
避けてくださったナマズさんが祀られています。
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平成3年の台風で、高さ11メートルから折れてしまった
という大木が保存されていました。
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木の根元。
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しょっちゅう神社に行っているにも関わらず、
ここは行った後にとても神聖な気持ちになっている
自分を発見しました。また、両神社とご祭神が
かぶっているせいか、似たようなエネルギーも
感じました。

そして、翌日、久しぶりに3時間も泣いてしまいました。
ふとしたことで、とっても大事な、でも自分にとって
とても必要だった欲しかったことが、既にあったこと、
簡単に言えば、惜しみない愛情、無条件の愛をちゃんと
与えられていたことに気付いて(実感できて)、
「良かった~」と思ったのと、ありがたくて仕方が無い、
という気持ちになって、涙が止まらなくなりました。

第4チャクラが、大きなドリルで前から後ろに貫通した
感じでとっても大きな邪魔をしていた何かがすっぽり
取れたような感じです。しばらくはその抜け感に呆然
として動くこともできませんでしたが、タイミングと、
神社のエネルギーが後押ししてくれたのではないかと
思いました。

2014年7月30日
by Sun Dish
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天然のプラネタリウム

昨晩は、みずがめ座流星群が流れる、ということ
で、地元の方が教えてくださったスポットに椅子を
持って行き、夜空を観ていました。

期待していたよりはビュンビュン流れなかった
けれど、それでも20個は軽く流れ星を観たと思います。

そこは、草原のような丘の上で、もちろんだーれも
おらず、木も生えていない(近くには野焼のせいも
ありますが、木の生えていない丘のような山がたくさん
あります。私は原っぱみたいなそういう山が、他の山と
違ってて好きなのです。)ので、頭上に南の地平線
から北の地平線まで天空を天の川がブリッジしており、
天気も良く星がよく見えました。

夜だけど、地球がまあるく、天体がまるく見え、360°
よく見えるのでまるで天然のプラネタリウムのよう
でした。(プラネタリウム、っていうか本物なのですが^^)

なんだか、山の中にいるのに、海辺のリゾートでのんびり
しているような気分になりました。おそらく、しっかり
星を観るのが、旅行先の海辺が多かったからかもしれま
せん。自宅から10分程度で観れるなんて、とても贅沢に
感じます。

晴れてるな~と思ったら犬と共にコーヒーと煙草を
持って一人訪れ星を眺める、そんな素敵な地元の人に
教えていただいた場所ですが、そんな素敵なことして人生
過ごしている人もいるんだなあ、と嬉しく思いました。
私がやってきた所は、なんだか大人になるのが楽しく
なるような場所だわ~、と感じています。
大人を楽しんでいる人が、多いと感じています。

2014年7月30日
by Sun Dish
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媒体の利用 2

スマホやネットから離れられない人、そんな
ことも考えられないくらい無意識にずっと
ネットを見ている人も、もしかしたら増えて
来ているのかもしれませんが、
そこから離れたいと思っている人は、
「そこにある情報はすべてではない」と
思い直してみてください。

自分もブログを書いているし、人のブログも
読みますが、どんなに大好きな人のブログで
あっても、サイキック能力が自分にあったとしても、
ブログから読みとれる情報は、その人そのものでは
ないのです。ブログはその人の一部分であり、
一部分の表現です。

ニュースもブログも、発信者が伝えたい内容なので、
どうしてもコアになってしまったり、ペンは剣より
強い場合もあったりです。
実際本人とお会いしたら、全然思っていたキャラと
違った、ということも多々あり、ブログや情報は
その人のほんの一部でしかない、ということに立ち
かえることが大事だと、ある時思いました。

ニュースも、ネガティブなニュースが多く流れて
いますが、それを採用しているメディアがあって、
既にそこでジャッジされています。もっとポジティブな
ニュースを多く流せば、世の中はもっと違うかも
しれませんが(情報操作しろと言っているのでは
ありません)、ネガティブなニュースが多く流れて
いるネットやテレビばかり見ていると、次第に、
世の中や自分の環境もそういうものだと刷り込みが
できるのだと思います。これが、ネットやメディアの
魔力だと私は思っています。
そして、本当に必要な情報が流れていないことだって
あると思います。

自分が好きな情報を発信しているものも、書いて
いるのは人です。引き込まれてしまうと、まるで
その人すべてを見ているような錯覚に陥りますが、
その人の、一部分を見ている、と思うと境界線が
引きやすいかもしれません。
書籍も同じだと思います。

また、ニュースは、どんなことが起こっても、
一般には起こらないことや珍しいことがニュースに
なっているのであって、普通の日常とは違う、という
ことを再認識して落ち着くことも、不安にかられる人は
大事です。事実かもしれないけれど、ニュースが
すべてを投影しているわけでもそれだけが現実でも
ないのです。

そして、ネットがすべてと思わなくていいように、
ダイレクトな人と人とのコミュニケーションを、
不器用でもいいから、自分をきちんと表現して
行っていくこと、ダイレクトなコミュニケーションを
心掛けて行くこと、で本当の安心と自分にとっての
きちんとした情報が得られると思います。
自分の周りの人とのダイレクトな会話が大事だと思います。
ご近所さんとか会社の人とか家の中の人とか友人等。

ネットやテレビで不安になる人は、とりあえず電源
抜いたらいいんじゃないかと思います。
また、ネットやテレビに翻弄されていると思ったら、
ネットやテレビに使われていると思ってもいいと思います
(^^)。
単なる情報を得る手段ということを思い出し、
主体性が逆になっている事に気がついてください。
自分に有用に情報を活かす、というのが媒体の
使い方だと思います。

ちなみに、何でかわかりませんが、私は熊本に来て
ほとんどテレビを観なくなり、ネットも見なくなりました。
そして、困っている事は何一つないし、台風の情報や
必要な情報はきちんと入ってきます(人づてや、その時
だけテレビを観るとか)。

今一度その情報、今の自分に本当に必要? と
見直してみるのもいいかもしれません。

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